2022.08.15 特別対談Ⅱ(後編)~保育現場で感じる子どもの感情発達に必要なこと~

特別対談Ⅱ(後編)~保育現場で感じる子どもの感情発達に必要なこと~
(左:社会福祉法人摩耶福祉会 幼保連携型認定こども園 るんびにこどもえん園長 楢﨑雅氏、右:NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究主任 渡邊直美氏)
『たくさんのきもち』の発売を記念して実施した子どもの感情発達に関する特別対談。福岡県糸島市でこども園を運営されている楢﨑雅さんと、『たくさんのきもち』の監修者である渡邊直美さんの対談の後編をお届けします。
特別対談Ⅱ~保育現場で感じる子どもの感情発達に必要なこと~(2)

前編はこちら


目次
●園で実現する心理的安全性
●『こころキューブ』で気持ちを伝える
●『たくさんのきもち』、そして絵本がもらたすもの
●おわりに

園で実現する心理的安全性


キャラクター02

ではここで、るんびにこども園さんの教育方針や思いなどを教えていただけますか。


キャラクター01

一言でいうと子どもも大人も自分らしくということですね。もちろん最低限のルールは必要ですが、そのルールの上で子どもだけでなく保護者の方も、私たち保育者も自分らしさを壊さずに過ごしたいというのを、一番大事に考えています。

そして自分らしさが出せるためには、心理的安全性を感じている必要がありますよね。


キャラクター02

心理的安全性は大事なキーワードだなと思いました。でも建物の安全性は点検などでチェックできますが、心理的安全性はどうチェックすればよいのか考えてしまいますね。


キャラクター01

切り口としては人権や権利・条約などありますが、何かをもとにしたチェックというのはないですね。心理的安全性は数値にできない難しさもありますが、ちょっと軽く考えられてきた印象もありますね。やっぱり感情は自然に身につくものという前提で(私たちが)慣れてきたのかなと。あくまで推察ですけど。


キャラクター02

るんびにこども園の雰囲気は、私がこれまでに見てきたものとはだいぶ違うものを感じます。「ここは大丈夫なところだ」というのを子どもだけでなく親御さんも思っている感じがあって、その大丈夫だと思える空間づくりがすごいなと。


キャラクター01

とても大事な部分だと思っています。玄関を開けた時からホッとしてもらえるような空気づくりも意識してますし、日常的にも、子どもも大人も変に構えずに気楽に肩の力を抜いてきてもらえるような園でありたいなと思っています。


キャラクター02

心理的安全性を築くにあたって、保育園の先生方と普段から気をつけていることなど、具体的にありますか?


キャラクター01

まず心をオープンにしてもらわないとできないことなので、例えば自分の意見が言える子どもであれば、その子どもから言ってきたことを否定しない、ダメと言う言葉も使わないように意識しています。また、もしその時にできなかったとしても、必ず代わりの案を出すようにしています。「今日はできないけど、明日だったらできるよ」などですね。

とにかく否定をしないというのは心がけていることですね。もちろんできないこともありますが。


キャラクター02

そこが「ありのまま」にもつながってくるところですね。


キャラクター01

もう少し言うと、集団での活動も絶対に強要しないようにしていますし、何で遊ぶのかも子どもたちに任せています。そこはすごく徹底しています。例えば朝の集まりがあるんですけど、それに参加するかどうかも子どもが決めるので、もしそこに入りたくない子どもがいたら、絶対に強要はしません。

ただしこちらが工夫することで入れるようになるならその方がいいので、入りたくなかった理由や話はもちろん聞きます。でも基本的に子どもが出した意見や意思は否定せずに通すというのは、気をつけていますね。


キャラクター02

素晴らしいと思います。


キャラクター01

同じようにスタッフに対してもそうだし、保護者に対しても同じです。少なくとも即答で否定することはせず、「検討するので待ってくださいね」と言って検討して、できるだけ保護者から出た意見がOKになる方向でディスカッションするようにしています。


キャラクター02

お子さんも親御さんもそういうやりとりに慣れていくと、コミュニケーションのとり方が変わってきそうですね。


キャラクター01

うちも系統だったマニュアルがあるわけでないので、ふんわりとしか伝えられないですけど(笑)でもその積み重ねかなと思っています。もちろんぶつかることも出てきますけど、それも大事かなと。ぶつかった時にどう折り合いをつけていくか。そういう積み重ねですね。


キャラクター02

ぶつかって終わりじゃなくて、続きがあるというのを日々練習していくのはすごく大事ですね。ぶつかって自分が受け入れられなかったわけではなくて、ちょっと受け入れてもらって。また他の人にも意見があって自分の意見とは違うんだな、ということを子どもは学ぶことができますね。


キャラクター01

はい。だからそこがすごく気をつけているところですね。知識的なものは大きくなってからの方が入りやすいと思いますので。学校の勉強とか。


キャラクター02

そうですね。だからこそ、日々のやりとりの部分を育ててあげるのが大事ですね。


キャラクター01

それをいかに教育という形じゃなく、自然体でできるかというところも、大事にしていますね。「こういうことやってます」とあからさまに言ってしまうと、途端にうさん臭くなっちゃうので(笑)


『こころキューブ』で気持ちを伝える


キャラクター02

積み重ねという話題が出たので、ちょっと『こころキューブ』の話に触れてもいいですか。今『こころキューブ』は実証実験として、るんびにこども園さんに導入して使ってもらっていますが、気持ちのコミュニケーションを助けるツールとして、いかがですか?


『こころキューブ』

NTT研究所で手掛ける『こころキューブ』(特許出願済)。サイコロ上の各面に、子どもの基本感情である「嬉・悲・怒・怖」の顔の表情が、それぞれの気持ちの大きさを表す数字とともに配置されている。るんびにこども園ではこのキューブを使って子どもが周りの友達や大人に気持ちを伝える取り組みを始めている。

キャラクター01

すごく活用しています。導入したての頃は全員がこれをもって朝の集まりに参加してもらい、そこで自分の今の気持ちというのを、『こころキューブ』を使って伝えるということをやってました。

しばらく続けると、段々と今の自分の気持ちを言語化することができるようになった子どもが増えてきましたし、人前で話すのが得意でない子や自分ではなかなか思ったことを話せない子も、このツールを使って自分の気持ちを表出するということが定着してきました。


キャラクター02

ありがとうございます!いい傾向だなと思います。



キャラクター01

例えばこんなことがありましたよ。朝、悲しい気持ちの顔を指差ししてきた子に対して「何で悲しい気持ちになったの?」と聞くと「朝のバスで●●ちゃんの隣に乗りたかったのに席がなくて乗れなかったことが悲しかった。」と伝えてくれました。だから保育士が「じゃあ帰りのバスは●●ちゃんの隣に乗ろうね」と言うと「あ、今ニコニコの気持ちになった!」と言ってくれて。

このキューブを媒体として子どもが自分の気持ちに気づいて、それを表に出して、その感情の背景まで伝えて、最後はニコニコの気持ちにまでできるというのはすごいツールだなと感動しました。


キャラクター02

嬉しいお話です!そういうお話を聞くと、このキューブに4つの顔を並べておいて良かったなと思います。ニコニコだけでなく、他の気持ちの話もしていいよと言うサインにもなってますね。


キャラクター01

そこがうちの理念である「ありのまま」や「自分らしく」と合っています。怒ってたり泣いてたり困ったり、そういう気持ちもすべて「自分らしさ」の中にあるわけですから。それをちゃんと出していいよということにつながります。

このツールがあることで、子どもたちも自分の気持ちを一旦整理して伝えることができているので、うちのスタッフもすごくありがたがっています。これがない状態で、泣いている子がいて「どうしたの?」と聞いても、なかなか長い文章で伝えられない子が多いので。特に発達に課題がある子になると余計に難しいです。


キャラクター02

泣いているということは興奮状態にあると思うので、頭も胸もいっぱいで状況を説明するのは大変だと思います。


キャラクター01

なので、まずは「悲しい」という気持ちでひと区切り、次に気持ちの「大きさ」でひと区切り、次に「なんでかな?」という背景でひと区切り、という感じで段階を経て自分の気持ちを伝えることができるので。これはとても大事なツールだと思います。順序だてて説明するスキルも自然に身につきそうです。


キャラクター02

日常会話の中で、例えば「今日こんなことがあったよ」と親子で会話をする中で、「とっても怖かった」「楽しい気持ちになった」など、自分の気持ちを伝えるという習慣があるかどうかでお互いの理解や子どもとのコミュニケーションも変わってくるのかなと思いますが、どうでしょうか。


キャラクター01

(気持ちを言葉に出すのは)すごく大事なことだとは思いますが、園で意識してそれができているかと言われるとそうでもないかもしれません。どちらかというと意識して気持ちを言葉にするというよりも、自然とそれができる環境を作りたいという理念があるので。でも、わりと自然と出せているのかなと思います。


キャラクター02

なるほど。環境づくりはとても重要ですね。子どもから(言葉を)引き出すのは結構スキルが必要ですが、保育者自らが気持ちを出すことで、子どもも「ああ、こういう時は出していいんだな」とか「こういう言葉を使うんだな」というのを学んでくれていると思います。

ただ保育者の中でも(自分の気持ちを出すのが)上手な人と苦手な人がいると思いますが、そのあたりはいかがですか?


キャラクター01

それに関しては以前から気づいてはいました。先生の中にも出し方が分からない人もいれば、なんでもお構いなしに出せる人もいますから。

でも最近はその面でも『こころキューブ』が意外と活躍してくれています。子どもたちがキューブをもって先生のところにきて「先生は今どんな気持ち?」と聞いてくる場面が増えて、そうすると先生も答えやすいのかなと。


キャラクター02

子どもが先生の気持ちを聞くのときにも、『こころキューブ』が使えるんですね!聞いてみてよかったです。


キャラクター01

気持ちは幅広いですよね。広いし深いし。今日こうやってお話する中でも、さらにどんどん深まっていきます(笑)


キャラクター02

そうですね(笑)でも『こころキューブ』のように、何か少しアイテムを間に入れるだけでも、気持ち周りのコミュニケーションが活性化されるのかなと思いました。


キャラクター01

すごく同意いたします(笑)


『たくさんのきもち』、そして絵本がもらたすもの



キャラクター02

今回新しく作った絵本についても少し触れてみたいと思います。『こころキューブ』は基本的な気持ちを伝える練習になるのかなと思いますが、そこからもっと言葉が増えていくと、キューブでは言えなかった細かい気持ちが見えてきて、「なんて伝えたらいいんだろう、わーっ」(混乱)となる時期がくるのかなと。

そこに「このもやもやした気持ちにはこの言葉をどうぞ!のような絵本があればいいなと思い、この『たくさんのきもち』という絵本を作りました。

テスト版のときに、るんびにこども園の子どもたちにも実際に見てもらったと思いますが、反応はいかがでしたか?


キャラクター01

初めの頃は前半に文字がほとんどないので、どうなるのかな?と思っていましたが、子どもたちは隅々まで絵を見て、自分なりにお話をつくっていましたね。ひょっとすると『こころキューブ』を使っている影響もあるのかもしれませんが、割と出てくるキャラクターの表情に着目している印象でした。

表情から背景を推察しているような子もいれば、ジーっと見ている子もいて。文字がないというのがとても良かったと思います。


キャラクター02

文字がないからこそ自由度があって、正解がないというのが良いですよね。子どもたちが好きなように感じてお話をつくってくれて、気持ちについても考えてくれて。


キャラクター01

「正解がない」いうのは、大事なキーワードだなと思います。園も学校教育もそうなんですが、ちょっと正解ありきですよね。正解が準備されていて、その正解のためにそこに通いますというのは、逆のような感じがしています。子どももそこに苦しめられているのかなという印象がありますね。

正解がないというのはいろんな意味で大事だし、今の時代は尚更そうじゃないかと。100人いたら100通りのストーリーができて、どれも間違いじゃないということが、この絵本では経験できますね。


キャラクター02

そうですね。例えばお子さんの言葉の理解に合わせて話す内容を変えるなど、お子さん一人の中でもバリエーションができることもありますね。そんな風に、お子さんと一緒に育っていける絵本になったらいいなと思っています。


キャラクター01

子どもの年齢が上がるにつれて、ストーリーにもどんどん深みが出てくるのではないかとの印象を持っています。一般的には、相手の立場にたって物事を考えられる時期は4歳以降だと言われていますが、いきなり理解できるようになるわけではなくて、その前準備の発達も遂げる必要があります。

相手の立場に立つということは、自分と相手が違う人間で、違う人間は気持ちも違うということにも気づけるようになっていないといけないですし、その前段階として「きもち」の存在にも気づくこと、自分の気持ちを知る、なんとなくの理解をしていないといけないですから。


キャラクター01

今回の絵本はストーリーを自由に作り上げられるので、3歳児ごろはおそらく多くの子どもが絵本の中に描かれている「物」ばかりに着目するかと思うのですが、徐々に「人の表情」も見るようになって、表情から気持ちを予想するなどの姿も出てくるのかなと思います。

年長さんの後半になると、全体をストーリーとしてとらえ、主人公に自分を投影させるなども出てきそうです。


キャラクター02

パーソナルちいくえほんということで、絵本を読む子ども自身が主役というのも、またポイントかなと思っています。

気持ちについてのお話って、結構話を広げにくかったりする時もありますけど、そういう時に子ども自身が主人公で話が進んでいくと、普段の子どもたちの経験とこの絵本の中身がスムーズにつながるのかないうのを期待しています。


キャラクター01

ストーリーの部分だけじゃなく、後半に図鑑の部分があって、そこもすごく良いなと思いました。幼児期に適した気持ちの図鑑は、これまでになかったので。また言葉のそれぞれに、ちょっとした例が載っているのもいいですね。


キャラクター02

気持ちの言葉辞典などは、もう少し年齢が上のお子さん用のものは出てきていますが、それだと幼児期には難しいので。もっと文字量を少なくして、かわいらしく見せれたらいいなと思っていたら、こうなりました。

とてもすてきな絵本なので、たくさんのお子さんに読んで欲しいなと思ってます。



キャラクター02

るんびにこども園では、他のパーソナルちいくえほんシリーズも園からのプレゼントして子どもに配っていただいていますね。そこへの思いはありますか?


キャラクター01

絵本はいろんな意味で大事なものだと思ってます。心理的安全性やアタッチメント形成に使えるツールという面からもそうですし、一冊を通して子どももいろんなものが吸収できますよね。

でもなかなか保護者の方も、どの絵本を選べばいいのか分からなかったり、また家庭的な経済状況も関わってきたり、あるいは保護者の方が絵本そのものに興味がないというご家庭もあります。でもそういったご家庭の子どもであったとしても、小さい頃から絵本に触れている方がいいなと思うので、みんな同じように手元に持てる環境にできたらいいなと思い、それも親の負担がなく且つ有効的なものと考えた時に、パーソナルちいくえほんはピッタリだと思いました。

個別最適化により、強制的な発達促進ではなく、その子がこれから進むであろう次のステップを自然と提示できるのもすてきだなと。これであれば、家庭の状況や親の好みに左右されず、一定の質を子どもたちに同等に提供できると考えて、採用することにしました。


キャラクター02

ありがとうございます。あまり意気込み過ぎずに、気楽に子どもの成長をサポートできるという意味でも、絵本はすごくいいアイテムですよね。

ちなみに、普段は園では絵本の読み聞かせはどの程度されていますか?


キャラクター01

特に決まりはありませんけど、1日に1度もしないということはないと思います。だいたいは子どもが「読んで~」と言ってくることが多いです。特に小さい子のクラスだと膝の上に座らせて読む機会も多いですね。


キャラクター02

日常生活の中に、絵本を読むことが入っているんですね。


キャラクター01

そうですね。絵本だったり紙芝居だったり。子どもたちに何か伝えようとするときは、絵本の方が伝えやすいなと思います。例えば避難訓練をする時にも、火事の話が出てくる絵本を選んで、火事の怖さなどを伝えることがありますね。

そういった知識を伝えるときに読む場合もあれば、子どもが甘えたいときに読むこともあります。


キャラクター02

気持ちという見えないものを伝えるときにも、絵本は大事かもしれませんね?


キャラクター01

もちろんです。表情と言葉と気持ちを結びつけるためには、必要なことと思います。


おわりに


キャラクター02

では最後に、楢崎さんから子どもを持つ親御さんへのメッセージをいただけますか。


キャラクター01

すごく大雑把な言い方になりますが、子育てに正解はないと思うので、肩の力を抜いて、気楽に構えて楽しんで欲しいなと思います。「親としてしっかりしなきゃ」という心意気は大事だと思いますが、責任感にとらわれすぎずに、一緒に楽しんで一緒に補い合いながら子どもを育ててほしいですね。

もちろん楽しいことばかりじゃなく、感情的な思いをすることも多いですし、ぶつかったり一緒につらくなることもありますが、そういうのも全部含めてトータルで楽しみましょうというのが一番ですかね。


キャラクター02

ありがとうございます。最後にもう一つだけ(笑)保育施設を運営している人に対しても、お願いできますか。


キャラクター01

難しいですね(笑)でも、あえて言うなら正解を求めすぎなくてもいいんじゃないかということになると思います。コロナ禍でのこともそうですが、今は絶対的な正解がない世の中なので、その中で最適解を探していくわけですが、正解ばっかりにこだわらずに楽しく保育していきたいですね。

感情教育についても、どの園もすでに何らかの方法で取り組んでいらっしゃると思います。でも取り組んでいることを一度整理する必要はあるかなと思います。整理することでいろんなことが見えてくると思いますので。


キャラクター02

この機会にもしこの記事を読まれる方がいたら、ぜひちょっとだけ立ち止まって、感情について考えてくれるとありがたいですね。


キャラクター01

そうですね。感情教育については、今からより議論が深まってくるかなと思います。


キャラクター02

本日は、どうもありがとうございました!


キャラクター01

こちらこそ、ありがとうございました!


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最終更新日:2022/8/15