2022.07.21 特別対談Ⅰ(後編)~これからの、子どもの感情発達を考える~

特別対談Ⅰ(後編)~これからの、子どもの感情発達を考える~
(左:NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究主任 渡邊直美氏、右:法政大学文学部教授 渡辺弥生氏)
『たくさんのきもち』発売を記念して実施した子どもの感情発達についての特別対談。法政大学の渡辺弥生教授×『たくさんのきもち』の監修者であるNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊直美さんの対談の後編をお届けします。
特別対談~これからの子どもの感情発達を考える~

前編はこちら


目次


●感情語を身につけることの重要性
●『たくさんのきもち』がめざしたもの
●おわりに

感情語を身につけることの重要性

-ここからは、より幼児期に話を向けていきたいと思います。以前に、小さなお子さんは自分の感情がまだあまり分割できずにいる中で「自分の感情を言葉で表現すること」がとても重要だとお伺いしました。


渡辺弥生さん

実は幼児がどれくらい感情を表す言葉のボキャブラリーを持っているかや、赤ちゃんの時はどんな感情が快か不快かなどは、まだあまり分かってないんです。


渡邊直美さん

たしかに。幼児期の感情語彙調査といったものも、ほとんど見たことがないですね。


渡辺弥生さん

やはり幼児が対象だと、なかなか調査も難しいですね。やり方次第で結果が違ってくるので。ただ最近は、お母さんやお父さん自身があまり感情語のボキャブラリーを使えてない場合には、子どもの語彙の獲得も難しくなる可能性があるということを、講座などで話すことはあります。お父さんは「疲れた」しか言わないし、お母さんは「やばい」しか言わないし、子どもは「うざい」しか言わない家庭だと、感情語が3つしか覚えられないですよね、と(笑)
なので、そもそも大人が使えるボキャブラリーはどれくらいなんだというのも、分かると面白いなと思います。


-つまり子どもが自分の気持ちを言葉で表現できるようになるには、周りの大人からのインプットが重要ということでしょうか。


渡辺弥生さん

きっといろんな体験をしても、最初はなにかの感情を“感じる”だけだと思うんですよ。例えば癇癪(かんしゃく)も「何かを感じるけど言葉じゃ表現できない」から、床にひっくり返ったりしますよね。そういう時に周りから「悔しかったの?」とか「怒ってるの?」と言われると、私のこの体験は「悔しかったんだ」とか「怒ってたんだ」という言葉とリンクしてきて、しばらく経つとそれらを言葉として自発的に言えるようになり、癇癪を起こす必要もなくなってくるのではないかと思います。

大人でもカウンセリングに来る人は、自分の感情を吐き出した上で、例えば「それはお父さんに対する怒りですよね?」と言われると「そうか、私のこのもやもやした嫌な気持ちは父に対する怒りだったのか」と腑に落ちて、すごく落ち着くことがあるわけです。

自分でもよく分からない状態を吐露して、それが適切な言葉とつながったときに「この感情はこういう言葉で言い換えられるんだ」と気持ちが浄化し、言葉を獲得していく。やっぱり人間はその積み重ねなのかなと思っています。


渡邊直美さん

私もそう思います。言葉のインプットだけでなく、いろんな遊びや体験を通じて発生した感情を、周りの大人が解釈をつけてあげたり説明や整理をしてあげることで、より一層子どもが気持ちを表現できるようになる。それこそが子どもをポジティブな状態に持っていくということではないでしょうか。


渡辺弥生さん

子どもは、ネガティブな言葉をいっぱい出してきますよね。それを「そんな感情はダメ」という意識で関わるよりも、「そうか、そういう気持ちになったのね」と受け入れてポジティブに対応してあげる方が、うまく整理されて良い方にいきます。これは最近の研究結果でも出ているみたいですね。


渡邊直美さん

まず受け止めてもらうことが大事ですよね。無視されたり怒られたりすると、子どもとしては「この気持ち出していいのかな?」と不安になってしまいます。


渡辺弥生さん

最近は感情を抑えすぎたり、人とうまく関わることができない子に会う機会も多いですが、彼らも元々はある程度のボキャブラリーを持っていたと思います。幼児期に一旦できていたものが、思春期になって素直にそれを表現することに抵抗感を持って、伝えることをやめてしまうこともあるようで、どうにかうまく対応してあげたいと思っています。


-先ほど周りからの声かけの話がありましたが、実際に私たちは普段どんな感情の言葉を使っているのでしょうか。


渡邊直美さん

私たちの研究チームで、絵本に出てくる感情語と親子会話に出てくる感情語を比べる調査をしました。すると、親子会話ではどうしても「しつけの言葉」が多くなる傾向があり、例えば「悪い」「いや」「怒る」などのネガティブな言葉がより使われることが分かりました。それに比べると楽しい読み物という側面がある絵本は、ポジティブな感情語が多く、バラエティに富んでいます。

これは感情語に限らず、すべての語彙数を比べても出てくる言葉のボキャブラリーは圧倒的に絵本の方が多いです。普段子どもに向かって話すだけだと、使う言葉が限定されてしまいがちですが、絵本だと非日常な世界観も多く、普段使わない言葉がたくさん出てきますね。そういった意味でも絵本を読んであげることは、子どもの言葉の発達に寄与するということが言われています。


-子どもだと感情の状態をオノマトペで表現することも多いと思います。オノマトペで表現するのは簡単で良いのか、それともあまり良くないのか、どうお考えですか。


渡辺弥生さん

それは今、答えがないです。オノマトペは日本人には馴染み深いものと言えますが、でもなぜよく使うのかは謎ですね。

例えば子どもが頭が痛いと言っている時に「頭はズンズンする?キリキリする?」と聞いたりしますよね。それでなんとなく子どもも「…ズンズン?」「あ、ズンズンだ」と言ったり。でもそもそも、どういう状態がズンズンなのか説明できないですよね(笑)


-確かに(笑)


渡辺弥生さん

でも子どももそのうち「これはズンズンだ、キリキリじゃない!」ということが分かってくるわけですよね。例えばワクワクという気持ちも、すごくレベルの高いワクワクかもしれないし、あるいはちょっとやる気が出てきただけでワクワクと言っているかもしれない。でもワクワクというとなんとなく通じるじゃないですか。その獲得の仕方は、すごく不思議で面白いなと思います。


『たくさんのきもち』がめざしたもの



-ここまで感情の言葉やオノマトペの話題をしてきましたが、それらを子どもに身につけてもらう意味では、絵本を活用するのも良いのかなと思います。今回NTT印刷から発売した『たくさんのきもち』は、幼児期の子どもに対象にした絵本になっていますね。


渡邊直美さん

はい。幼児期は感情能力の基盤ができる時期で、子どもの中ではたくさんの学びが起きています。毎日いろんな気持ちの変化を体験していると思いますが、子どもにとって気持ちは正体不明の「もやもや」した名前がついていないものであることが多いと思います。この、心の中にできた「もやもや」を、どうやって表現するのか。

たくさんのきもち』は、この「もやもや」を言葉にするのを手伝ってあげることで、子どもの気持ちの学びと毎日のコミュニケーションをサポートしたい!というのがコンセプトです。


-絵本の中身についても、監修者としての思いなども交えながら教えてください。


渡邊直美さん

絵本は前編と後編の2編成になってますが、前編は文字がない絵本になっています。これは感情発達の研究分野ではよく使われているものですが、より自然に子どもや親子の会話が引き出せるという利点があります。文字のある絵本との違いは、自分たちでお話を作ることによっていろんな見方ができることや、読むたびに違う言葉を使ったり、違うストーリーを作れることです。子どもと一緒に育っていくような絵本になればいいなと思っています。

後編は、親が評価した子どもがよく使う感情語TOP50の調査データを用いて、それを前編のお話のシーンと照らし合わせながら「こういう時は喜ぶよね」とか「こういう時はずるいと思うよね」という感じで、子どもが想像しやすいような図鑑の作りになっています。今の時代は親御さんの感情ボキャブラリーが足りないという背景もあると思いますので、子ども自身が楽しく学べるだけじゃなく、親御さんのほうにも「今度はこの表現を使ってみよう」という普段の生活のヒントになってくれるといいなと思っています。


-文字がないと大人がストーリーを考える必要があってハードルが高くなりそうですが、実際に研究などで立ち会ってきた印象はどうですか?


渡邊直美さん

最初は皆さん「えーこんなの読めるかな」という反応ですが、実際に読んでみると「意外と楽しかった!」「新鮮でおもしろい!」という反応が返ってきます。普段と違って子どもとよく話しながら読むのが楽しい体験になるようです。

またお話を受け身で聞くのではなく、子ども自身にも考えて話してもらうことで、気持ちについての会話を自然に促せます。まさにアクティブラーニングですね。


-今回の文字がないストーリーを作る中で、考慮したことや工夫したことがあれば教えてください。


渡邊直美さん

やっぱり子どもにとって面白いことが大切だと思うので、ワクワクできるようにちょっとした非日常的な冒険を体験できるストーリーになっています。またほとんど文字がない中でも、子どもが主人公として楽しめるような工夫があります。このあたりは、さすがかしわらあきおさんですね!


-ストーリーの中で、どれくらいの感情を感じられるのでしょうか?


渡邊直美さん

基本的には後編の図鑑編に出てくる50個の気持ちが読み取れるような作りになっていますが、必ずしもそれが正解ではありません。感じ方は人それぞれなので、「正解がない」のがこの絵本のもう一つのポイントです。
「お父さんはこう思うけど、◯◯はどう思う?」というように、親子で思ったことを自由にお話しする機会になれば嬉しいです。


-弥生さんは、今回の絵本についてはどのような感想をお持ちでしょうか。


渡辺弥生さん

時々、読み聞かせのときに声をかけ過ぎると子どもの想像を打ち切ってしまうから、(声かけはほどほどにして)もっと自由に想像させてという意見をお聞きしますが、今回の絵本は描かれている絵だけでストーリーを想像するところが、すごく面白い試みだなと思います。


-この絵本は気持ちを言葉にすることがポイントだと思いますが、例えばそれがうまく身につかない状態が続いてしまうと、どういう問題が生じるのでしょうか。


渡邊直美さん

これまでの研究で、気持ちを言葉でうまく表現できない子どもは、お友達とのコミュニケーションにおいて、叩いたり蹴ったりなど体で表現してしまうことがあり、友達作りが難しくなることが分かっています。またそれが長引いて幼児期に感情の理解がうまく進まない子どもは、小学校に入った時に環境に慣れるのが大変だということも見つかっています。お友達や先生とのコミュニケーションがうまくいかず、教室の環境になじめなかったり、対人関係が気になって授業に集中できないなど、学校についていくのが難しくなる場合もあります。

弥生さんがおっしゃったように心の教育、特に感情教育は子どもたちの人生に大きく影響します。幼児期に感情発達の基盤ができていると社会生活と学習のベースになるので、早めに感情の学びをサポートしてあげることは重要ですね。


渡辺弥生さん

実際に人はある場面において、いくつかの気持ちを持ち合わせていることが多いですよね。子どもも大きくなると少しずつ自分の感情が入り混じってきます。大丈夫と見せているけど実は大丈夫じゃないとか、本当はこういう気持ちなんだとか、本来はもっと複雑だと思います。

だから自分の気持ちをラベリングする言葉が増えることによって、例えば「嬉しいけど、本当は悔しい気持ちも少しあって、どう人と接したらいいか分からない」みたいに、もう少し詳細な気持ちを相手に伝えたり、また相手もそうなんだという気持ちも読めてくるので、ボキャブラリーの存在は大切だと思います。

ただ青年期くらいに大きくなって、感情を吐露するようになりすぎた子どもへの対処も課題ですし、一方で「本当は悲しいの?」とか「助けてほしいの?」と声をかけても、なかなか言ってくれない子どもたちも現実にはいます。そういう子たちにどんな形で支援の手を差し伸べるかは、なかなか難しいですね。


渡邊直美さん

そうですね。虐待を受けた時に、自分から助けを求めたり、気持ちをうまく伝えられなかったりする子どもも多いと思います。自分の気持ちを言葉にするということ、そしてそれを伝える習慣を作ることは、本当にいろんな場面で重要なのではと思います。


渡辺弥生さん

それから今は文字文化になっていますよね。よく最近の話題として研修などで扱うのが「やばい」という表現です。楽しくても「やばい」、鬱でも「やばい」、怒っていて「やばい」など、みんなそれぞれが異なる気持ちで「やばい」という言葉を使っています。

スマホでのやりとりでも「俺やばいんだ」「えーやばいの?」「そうなんだよ、やばいんだよ」「そっか、やばいんだ」と、意気投合しているようで実は全然違う気持ちでいるという、そんなミスコミュニケーションも結構今は多いかなと思います。


おわりに



-それでは最後になりますが、これを読んでくれている方に、どんな風に感情教育を始めればいいかなど、何かメッセージを送っていただけますか。


渡邊直美さん

おそらくみなさんが毎日されている会話に「ちょっとだけ」意識を付けることかなと思います。子どもは本当に普段から大人が話している言葉を聞いて育っていますので、ちょっと語彙を増やしてあげる、ちょっと質問してあげる、「今どんな気持ちなの?」とちょっと聞いてあげるなど、ちょっとしたことが本当に子どもの学びを助けると思うので、その「ちょっと」を始めていただけたらいいなと思います。


渡辺弥生さん

核家族が主流の今の時代で、小さいお子さんをお持ちのお父さんお母さんは、「全部一人でやらなきゃいけない」など、本当に閉塞感があると思います。だからこういう絵本を読むことで、子どもに伝えているようで実は親自身の気持ちを耕すのにも役立つのかなと思っています。

絵本を読むことで「今日はイライラしちゃったけど、楽しもうとする気持ちが大事だな」とか、きっと大人にも良い影響があると思います。同時に、子どもの方からもいろんな気持ちを出してくれるようになることで、互いに気持ちが通じ合っていく。そんなやりとりが日々の生活の中の幸せに繋がると思います。「子育て楽しいな」という風に繋がっていくといいですね。


-お二人とも、今日はありがとうございました!


たくさんのきもちはこちら
最終更新日:2022/07/21