2022.07.21 特別対談Ⅰ(前編)~これからの、子どもの感情発達を考える~

特別対談Ⅰ(前編)~これからの、子どもの感情発達を考える~
(左:法政大学文学部教授 渡辺弥生氏、右:NTTコミュニケーション科学基礎研究所研究主任 渡邊直美氏)

いま非認知能力の一つとして子どもの感情能力(情動的な感情スキル)に注目が集まっています。 今回は、長年子どもの感情発達に関する研究に携わってこられた法政大学の渡辺弥生教授に、『たくさんのきもち』の監修者であるNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊直美さんと対談してもらい、子どもの感情にまつわるお話をお伺いしました!
特別対談~これからの子どもの感情発達を考える~

目次
●感情は「教えられるもの」
●コロナ禍が与える影響
●現在取り組んでいること

感情は「教えられるもの」

-まず渡辺弥生教授(以下、弥生さん)にお聞きします。この分野を研究するようになったきっかけと、感情教育の重要性についてお聞かせください。


渡辺弥生さん

もともと私は学生時代から「思いやりの心を育む」というところに関心がありました。1970年代に「どうして人は人を攻撃するのか」という研究が盛んだったのですが、同時に「自分の命を犠牲にしてまで人を助ける」人もいるわけで、それが思いやりという気持ちなのかは学問的には難しいですけど、興味がありました。

またその後に、いじめ・非行・不登校といった子どもたちの問題に関わる機会がありました。その背景に「人とうまく関われない」「感情がキレる」とか「落ち込む」とかいう悩みを聞くわけですが、そういう子どもたちは性格というレッテルが貼られやすいですが、そうではなくむしろ「社会性が未熟」「ソーシャルスキル」が不足しているだけで、うまく社会性や感情について教える教育をすれば問題は解決していくのではないかと考え、心の教育の必要性を感じてきました。

いじめの場合は、みんな「しちゃいけない」と分かってるけど、現実には「してしまう」ことが多いわけで、イライラしたりキレたり、あるいは復讐など、そういう気持ちをマネジメントするスキルや力が足りないのかなと。生い立ちや子どもの性格のせいにしすぎず、足りないスキルやリテラシーを学べば変われるという前向きのアプローチに関心を持ち始めたのです。

こうした考え方に基づいた組織的なプログラムが欧米ではすでになされていたので、日本の文化に馴染むようにうまく取り入れることができないか、今も取り組みを進めています。


-いま「いじめ」の話題が出てきました。昔からいじめの問題はあったと思いますが、現代でも減らずにいまだに大きな問題の一つです。いじめの問題というのは、やはり感情の問題と深く関係があると考えますか。


渡辺弥生さん

そうですね。感情をどう定義するかにもよりますが、例えば日本の絵本にも「思いやり」を育めるような、素敵な絵本がたくさんありますよね。でも日本の絵本のお話って「思いやる」とかそういう気持ちの言葉を意識させるよりは、自己犠牲を伴うような文化的価値に基づくお話が多いですね。

心情を察する文脈が与えられており、特に「思いやり」という言葉が出てくるわけでもないし、「思いやってくれてありがとう」といったコミュニケーションが描かれてもいない。「気持ちを表す言葉」として、気持ちの語彙を伝える側面はあまりみられません。そういう直接的ではない感じの教育が日本の特徴なのかもしれません。


-欧米はもう少し直接的なところがあるのでしょうか。思いやりでも、これが「思いやりだよね」のような。


渡辺弥生さん

はい。最近は、私が関わっている日本の道徳の教科書では、いじめのシーンなど具体的な背景を出して「いまどんな気持ち?」とか「ぼくはこういう気持ちだよ」という具体的な会話をモデルとして見せて、少しずつ言葉を獲得できるように教えていくというアプローチが出てきています。ただ大概はやはり国語と同じように、小説やいろんな読み物を読んでどういう気持ちかを考えさせるやり方が多いですね。ひょっとするとソーシャルスキルトレーニングとか、エモーショナルなスキルとか、そういう実用的な考え方や言葉を嫌う人が多いのかもしれません(笑)。確かにカタカナの表現が技巧的・技術的な感じがしますからね。

ただ、強調したいのは態度とか心情とか、こうした抽象度の高いものは本を読めば自然と心に染み込んでいくようなものではなく、子どもの発達に応じて具体的に見える化して、わかりやすく子どもの胸に刺さるような工夫が必要だということを主張したいです。


-ありがとうございます。次に渡邊直美さん(以下、直美さん)にもお聞きしますが、これまでアメリカで研究されてきて、日本とアメリカで感情に関するところで、大きな感覚の違いのようなものを肌で感じることがありますか。


渡邊直美さん

アメリカでは、気持ちを伝えることは個性を主張する一部で、自分を理解してもらい満足に要求を伝えるためにとても重要だと思われています。言わないと相手に伝わらないので、気持ちを言葉にすることは本当に幼いころから強調されているなと感じます。例えば保育園でも幼稚園でも家庭でも、子どもたちの気持ちが高ぶった時に「言葉にしてみなさい」という声掛けを、日常的にされています。多分、特に「感情教育しよう!」と思っているわけではなくて、もう日常の営みとしてやっているので、子どもたちとしても、自然に自分の気持ちを言うことが身についてるのだと思います。

それに比べると日本は、弥生さんもおっしゃったように、どちらかと言えば包括的に周りから気持ちの理解を促すスタイルかなと思いますね。日本の子どもたちは、気持ちを「読み取る」という力を身につけていますが、分かっていてもその気持ちを「言う」ことに慣れていない、または「伝え方が分からない」お子さんが多いのではないかなと思います。


-今のお話を聞いていて、特に日本では感情についてはさまざまな経験・体験を通して身につけることを重視している傾向があって、教えられるものであり知識や技として身につけるという考えが少ないのかなと思いました。


渡辺弥生さん

学術的には、これまで感情は「能力」と捉えられていて、知覚する能力、コントロールする能力、活用する能力、認知する能力と4領域くらいに分けて語られてきました。ただ最近は、能力よりはスキルという見方も広まってきています。

能力というと不変的なイメージが強く、変容することの難しさを感じますが、スキルならトレーニングすれば獲得できるという意味合いが強まると思います。例えば「今日は『楽しい』という言葉をみんなで学びましょう」とすると、「楽しい」という言葉が表現として使えるようになる。そんな風に教えられるものという考えを、教育現場では共有していきたいですね。


-弥生さんも、そのような視点から日本で取り組まれているのでしょうか。


渡辺弥生さん

そうですね。例えば感情にも「強さ」があるので、その感情の「強さのリテラシー」を獲得しましょうといったレッスンをすることがあります。すごく怒りんぼうな人でも24時間ずっと怒っているわけではないですし、同じ強さの怒りを表出しているわけではないですね。「イラ」から「ドッカーン」まで強さの幅があることを理解させ、ちょっと怒りが持ち上がった時に「コントロールする解決法」を試してみよう、という取り組みです。

ただ、スキルとかリテラシーという言葉が難しく、また少し技術的なイメージを誘うので「社会情緒(動)能力」と表現したり、ソーシャルスキルトレーニングという言葉は使わず「みんなで社会性を学びましょう」という表現にしていることもあります。


-今日もう一つお聞きしたかったのが「非認知能力」という言葉ですが、今とてもポピュラーになっていると思います。特に幼児の感情能力を考えたときに、なぜ今注目されてきているのでしょうか?


渡辺弥生さん

「非認知とは何か」と言われると、結構人によって捉え方や解釈は違うかなと思います。今まで認知と考えていたもの「以外」が非認知だという見方があるわけですが、一方で今現在、非認知と呼ばれているものも「認知」だと反発する人もいます。この非認知の考え方のきっかけになる研究をご紹介しましょう。

1960年代のアメリカで行われた研究では自発的に取り組んでいるグループは、そうじゃないグループよりも良い成果が出る傾向があるので、小さい時に社会性や感情をちゃんと教えた方がいいと報告されています。 またノーベル経済学賞をとったヘックマンは、2013年の論文の中でIQ(認知能力)の発達に差がない場合、人生において成功の差を生じさせるのは非認知能力ではないかということを言っています。

そしてOECD(経済協力開発機構)のような本来なら経済を考える機関も、2015年に「Skills For Social Progress」や「The Power of Social Emotional Skills」という本を出していて、日本語では「社会情動的スキル」というタイトルで刊行されています。 OECDはさらに「Education 2030プロジェクト」として、2030年に向けて子どもたちにどんな力が必要かということを示しており、その中に「対立やジレンマに対応する力」「責任ある行動をとる力」「新たな価値を創造する力」などと一緒に「ソーシャルスキル」や「情動的な感情スキル」が必要だとうたっています。

そういう意味では国際規模で「感情や社会性のスキル」に関心が寄せられています。




コロナ禍が与える影響

-話が変わりますが、新型コロナウイルスの感染拡大で、世の中がいろいろ劇的に変わりました。一番大きなところでは、やはりマスクをしている生活が長く続いていることかなと思いますが、特に子どもたちのことを考えたときにどう影響が出てきそうか、また世界的にはどんな問題意識を捉えているのか、教えていただけますか。


渡辺弥生さん

そうですね。これまで人は、近づき合って相手の目や表情や仕草を見るなどのコミュニケーションが、親密になる上で大切だと言ってきました。つまり「近づく」ことが求められていました。ですがこのコロナ禍で、ちょっと離れて交流しないといけない難しい時代になりましたね。

大人でも「みんなで集まろう」とか「飲みに行こう」とか、今までソーシャル性を発揮していた人ほど、戸惑うような時代になっていますね。逆に「一人でもいいや」とか、一人を楽しみ淡々としている人の方が生きやすそうな感じもしますね(笑)


-分かります(笑)


渡辺弥生さん

一言でソーシャルと言っても、心の問題だけではなく、今の社会で求められているソーシャルとは何かを考える必要がありますね。 コロナが始まった時に、日本赤十字社が興味深いレポート※を出していました。私たち病気はもちろん怖いのですが、病気より怖いのは不安が感染することで、「感染したらどうしよう」のような不安の方が一瞬にして広がっていくと。不安が感染すると、今度は差別や偏見といった気持ちが育ってしまい、そうすると人は病気にかかっても周りに言わなくなり、そして実際の病気がまん延していくという。病気→不安→偏見→(病気)という悪循環です。

人間が不安という極限の状態に置かれたときに、どうやって行動するか。大人でも難しいし、子どもの場合は大人の不安が移ってしまう難しさもあるのかなと思います。子どもによっては口の動きや表情を大きな手掛かりにしている子もいますが、そういう子からするとマスクだと相手の気持ちが分かりにくいことがあると思うので、そのあたりのミスコミュニケーションも心配ですね。

※出典:日本赤十字社「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~」


-直美さんはどう感じていますか?


渡邊直美さん

やっぱりマスク越しのコミュニケーションで子どもが育っていくことについては、不安を感じられている方が多いと思います。私の子どもも先日保育園に入園しましたが、ずっと先生がマスクなので、どこで表情を学んだり、気持ちを感じ取るのかなと少し心配になります。

もちろんマスクをしていることで感情のシグナルがすべてなくなるわけではなく、目元をよく見るようになったり、声をよく聴くようになったり、ちょっとしたしぐさをよく観察したりと、子どもたちの中で補完していくことになるのではと予想しています。

先生や周りの大人も、表情がマスクで一部隠れている分、目元の動きや声音を強調したりなど自然と対応されている可能性も高いですね。


-日本では目で会話することも多いから、マスク越しでもある程度やり取りが出来るけど、欧米では目だけの情報だと足りなくて難しいということも聞きました。それは本当でしょうか?


渡邊直美さん

そうですね、表情から感情を読み取るときに顔のどこに注目するのかについて、日本とアメリカの違いを調べた研究があるのですが、日本人は目に、アメリカ人は口に注目するという傾向が見つかっています。同じ表情でも、文化によってどこをヒントにするのか違いが出るのが面白いですよね。

重要なヒントがマスクで隠されているので、アメリカ人にとってはコミュニケーションが難しくなっただろうと予想できますね。アメリカでマスクをつけることに大きな反対が起こった理由の一つに、口元が見えないことへの不安感があったと聞いています。コミュニケーションにおける不安もですが、やはり個性の主張というか、主張権がとられるという思いもあったのではないでしょうか。


現在取り組んでいること

-せっかくなので弥生さんの取り組みについてもお聞きしたいと思うのですが、携わっている感情の育成に関するお話を教えてください。


渡辺弥生さん

今一番時間をかけているのは「みらいグロース」という取り組みです。
(https://mirai-growth.jp/about/)

私はこれまでにも、学校とか家庭で困っている方に、その原因や理由をしっかり分析した上で、必要な教育を効率よく提供したいということをずっと言ってきましたが、今回いろんな方とコラボレーションする機会をいただけて、動画の教材としてそれらを提供できる形になりました。今後、学童や塾、特別支援、学校、ご家庭に届けられたらと思っています。

具体的な内容としては「心を育てるプログラム」で、ソーシャルエモーショナルラーニングが中心になっています。日本にももちろん道徳や国語の時間はありますが、ちゃんとした「心を育てる」時間を、このプラグラムで提供したいと考えています。

例えば小学校2・3年生向きには、気持ちの言葉のボキャブラリーを教えていく構成になっています。また、身近な例を取り上げ、例えばお母さんに「お風呂入りなさい」と言われた時に「まだ入りたくない!」と怒ってしまうことがあるけど何故だろう?と考えさせたりします。子どもからすれば「自分のいい時間をつぶすな」みたいな気持ちがあるわけですが、少し立ち止まって考えると「お母さんは家族みんながお湯が温かいうちに入ると気持ちいいだろう」と考えてくれているということに気づくわけです。家族内のいざこざの背景に、互いの思いやりがあることに日常生活の中で気づかせることを意図しています。少し難しいですが、人が幸せだなと思うことはどういうことだろうと考えたり。

また小学校3・4年になると、明日は運動会だけど、でも嬉しい気持ちと不安な気持ちが混ざってるという、入り混じった感情が理解できるようサポートしています。メタドローンやダーレーミラーといったユニークなツールを使って、「気持ち」を俯瞰して見ることができるようなプログラムを作っています。

そして子どもに落ち着いてそのプログラムを見てもらうためには、マインドフルネスのようなものを最初に取り入れて、心を落ち着けて集中できる態度を作るよう配慮したり、最後はそれらが学力に結び付くように構成しています。


-ありがとうございます。直美さんにもお聞きしますが、これまで取り組んできたことを少し教えてもらってもいいですか?


渡邊直美さん

私の方でも、子どもの感情発達を支える取り組みを進めています。ただそのためには、まずは子どもたちが「どのくらい出来るのか」というのを正確に知らないといけないので、子どもの能力を定量的に測るツール作りに力を入れています。

小学生以上になるとアンケートに答えてくれたり、インタビューにも自分で答えてくれたりできますが、幼児だと頭の中でなにが起こっているかは外からは見えないし、紙に書いてもらうのもなかなか難しいです。そこで、子どもたちにゲームをしてもらいながら、気持ちをどれくらい理解しているのかを測るツールを作ってきました。そして、このツールを研究者だけが使うのではなく、保育園の先生や自治体(定期検診等)など調べたい人が使えるように、タブレットで簡単に実施できるようなアプリ化を進めてます。

あとは、弥生さんと一緒に取り組み始めていることですが、子どもがどのくらい音声から感情が分かるのかについても調べています。表情はわかりやすいシグナルですが、音声となると難易度がすごく上がると思います。声色やイントネーションの違いなどバリエーションが幅広いので、どんな気持ちなのか迷いますよね。さまざまな感情を込めた音声から、子どもがどのくらい感情を読み取れるのかは意外と知られていないので、いろんな年齢の子どもたちを対象に調査を進めています。


-ありがとうございます。お二人ともすごく興味深い試みで、この先も気になります。



後編につづく


最終更新日:2022/07/21